犬養木堂
吉備津神社の駐車場のそばに犬養木堂の銅像が建っています。
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犬養毅は岡山県出身の偉人ということは知っていましたがなぜここに?と不思議に感じました。
そのわけは銅像の説明板に詳しく書かれていました。

毅の生家は代々庭瀬藩の大庄屋。
その遠祖 犬養健命(タケルノミコト)は大吉備津彦命の随神なり。
よって氏神吉備津神社のために尽瘁するところ多し。
毅の没するや郷党の人々その高風を慕い昭和9年この地に銅像を建つ。
作者は朝倉文夫。
雄姿堂々として天下を睥睨(ヘイゲイ)するの機あり。


お釜殿のところから西へ出ると、
宇賀神社と神池があります。

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神秘的な美しさです。
Rohmanさん 向こうに見える建物がお父様縁の普賢院でしょうか。
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by yassy127 | 2009-01-18 22:02 | Comments(18)
Commented by macky_writer at 2009-01-18 22:14
ああ、懐かしい。
つい最近まで吉備津神社の近隣に住んでいたのですよ~。
でも、吉備津彦命の随神が木堂の遠祖だったことまでは知らず、
不勉強でした。
ごくたまにですが季節の良い時は自宅からこのあたりを通過して、
ゆったり数キロお散歩することもありました。
今思えば恵まれた環境に住んでいたな…と。
Commented by miyakeoriibu at 2009-01-18 22:26
毎年、吉備津神社にお参りして、帰りは↑を見ながら帰ります。
犬養毅の銅像は見ていましたが、そんな謂れがあるとは知りませんでした。
いい勉強になりました。
この一角に大森風来子の「八重桜 散らぬ男を 迎えけり」(川柳)の句碑があります。
Commented by ひーちゃん at 2009-01-18 22:40 x
犬養毅は5.15事件で暗殺されたのでしたね
護憲運動で知られています 
暗殺されなければ軍国主義への道を突き進むのを
止めてくれたかもしれませんね
なぜ標的になったのかわかりません
歴史は時々誤った方向に進むものですね
こちらがRohmanさんのお父さまとご縁の神社なのですね
Commented by yassy127 at 2009-01-18 22:43
macky_writer様 コメントありがとうございました。
すばらしい環境のところへお住まいでしたね。
門前の松並木の当たりもお散歩されていたのですね。
この裏山もいいですね。
お二人のお気に入りの散歩コースだったようですね。
新しいおうちは落ち着かれましたか。
住めばまたそちらのよさが増えてくると思います。
いやmackyさんだったらどんなところだってご自分で都に変えられますよ。
Commented by yassy127 at 2009-01-18 22:45
miyakeoriibu様 コメントありがとうございました。
句碑を見つけたのですが読めなくてあきらめました。
miyakeoriibuさんは川柳にもお詳しいのですね。
Commented by yassy127 at 2009-01-18 22:49
ひーちゃん 様 コメントありがとうございました。
ひーちゃんさんのおっしゃられるとおりです。
憲政の神といわれ、文部大臣、総理大臣をして最後5・15で命をなくしました。
ひーちゃんさんの言われるように歴史の分かれ目にいた方ですね。
Commented by kurashiki-keiko at 2009-01-18 23:07
吉備津神社と犬養家の先祖の話、初めて私も知りました。
庭瀬の犬養さんの生家を訪ねた事がありますが、演説のレコードがあり、
そこから取った肉声を聞いた事がありました。郷土の誇るべき偉人ですね。
Commented by yassy127 at 2009-01-18 23:36
kurashiki-keiko様 コメントありがとうございました。
『まあ待て。まあ待て。話せばわかる。話せばわかるじゃないか』
「問答無用、撃て。」
こんな形で立派な指導者を日本は失ったのですね。
私も生家を訪れたことがあります。
Commented by tomochi112 at 2009-01-19 00:38
生家の近くに住んでいる方は家にあった額を記念館に寄贈したそうです。
<風美揚發>と書かれていました。
「美風を発揚す」だそうです。
いつか展示されたら見に行こうと思っています。
Commented by yassy127 at 2009-01-19 07:17
tomochi112様 コメントありがとうございました。
彼の書はあちこち残っているようですね。
私も今度行ったときには気をつけておこうと思います。
犬養さんの頃も大不況だったようですね。
不況になると戦争になります。
今の不況も心配です。
Commented by アーチ at 2009-01-19 07:29 x
お天気に恵まれて良い初詣が出来ましたね!↓入母屋屋根二つ並んだ本殿吉備津造りと云うそうですね。長~い回廊も宇賀神社の池と松も心なごみますね。
Commented by Rohman at 2009-01-19 09:38 x
懐かしい写真が次々出てきますね。

吉備津彦の命は桃太郎になぞらえますね。
その家来に犬養があってもおかしくないですね。

仰るように宇賀神社の池の向こうに見えるのが普賢院ですね。
もとは、長回廊を挟んで反対側に有りました。
昔は神仏混交だっものを境内から移したのでしょう。

お釜殿、の釜鳴りは不思議な感じがしますね。
私も、生まれたときにお釜殿の墨を額に付けて頂いた
と聞いています。おかげでこの年まで生き延びました。
Commented by yassy127 at 2009-01-19 11:07
アーチ 様 コメントありがとうございました。
アーチ さんもおまいりされたことがありますか。
アーチ さんのおっしゃられるように、とても美しくて心和むところでした。
何よりお天気がよかったことが落ち着いて参拝できた要因だと思います。
Commented by yassy127 at 2009-01-19 11:17
Rohman様 コメントありがとうございました。
桃太郎といい、鬼ノ城といい温羅といい、伝説と現実が交錯して、不思議な感じがします。
お釜殿は煙突のないところで釜を燃やし続けているということもすすの出来る所以ですね。
このすすがおかげがあるのですね。
今でもすすをつけるお祓いが行われているのでしょうか。

普賢院へ寄ってみればよかったです。新しい建物のように見えました。
神仏混交といえば最上稲荷も同じですね。
神様、仏様お救いくださる方なら、誰でもいいです。・・・宗教的にはとてもおおらかな日本人気質ですね。
Commented by yuyu-prin at 2009-01-19 15:18
犬養毅は岡山の方とは知りませんでした。
作者の朝倉文夫のアトリエと兼住まいが東京に日暮里駅の近くにありますので何回が行きました。
今は耐震性に問題があり、修復工事をするようです。
Commented by yassy127 at 2009-01-19 18:18
yuyu-prin様 コメントありがとうございました。
こんな偉人を岡山は輩出しています。
といっても私の生まれる前の話ですが。
もう一人総理が出ています。
ご存知の橋本龍太郎です。
朝倉文夫は東京の人ですか。
ちっとも知りませんでした。
Commented by nana at 2009-01-19 21:04 x
犬養毅は内閣書記官長(極右政治家)と軍部の大陸政策をめぐり、対立
5.15事件で、あまりにも有名な”話せばわかる”で絶命。岡山の誇る政治家ですが、今の政権に真のリーダーが望まれます。
吉備津神社へ参拝はしましても、近くの宇賀神社と神池は知りませんでした。   今度行く機会があったら是非歩いてみましょう。
Commented by yassy127 at 2009-01-19 21:19
nana様 コメントありがとうございました。
犬養毅の最後の言葉は「話せばわかる。」といわれていますが、
すぐに駆け付けた女中のテルに「今の若い者をもう一度呼んで来い、よく話して聞かせる」と強い口調で語ったそうです。
どこまでも話し合いで事に当たろうとした姿が浮かびます。
よその国のことを言ってもいけませんが、明日のオバマ新大統領の演説を楽しみにしています。
とても興味のある人ですので。

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