北前船で賑わった港町 下津井
江戸時代瀬戸内海を航行した北前船の風待ち、潮待ちの良港として賑わった下津井を歩いてみました。

丘を登るとこんな巨岩が。いったい何?
c0037200_9273698.gif

400年もの昔、徳川秀忠の号令で切り出され、はるばる海を渡って大阪城の石垣になるはずだったこの石は石垣になれないままここに残された「残念石」。楔の後がある。

海に突き出た岬の上にある「祇園神社」は海上安全の海の守り神
境内には安全祈願の玉垣や石灯篭がたくさんある。寄進者の中には遊女の名前も。
c0037200_935665.gif

旧街道に沿って並ぶなまこ壁に格子戸の町並みは県指定の保存地区。
その中に明治期の回船問屋を歴史資料館にした「むかし下津井回船問屋」がある。
c0037200_0343323.gif

一見平凡なこの玄関、江戸時代繁栄を極めた荻野家の歴代当主が集めた美術工芸品を展示してある「荻野美術館」。
c0037200_9453234.gif

下津井の町を歩くと、「亀井戸」とか「鶴井戸」とか・・いたるところで出会う。
貴重な水を求めてたくさんの船が寄港したことがしのばれる。下津井共同井戸群
c0037200_9484256.gif

大正2年開業の軽便鉄道「下津井電鉄」は平成2年全線廃止。
左は昭和63年の鷲羽山駅、         右は現在の駅跡。
c0037200_1412483.gifc0037200_14124190.gif









旧鷲羽山駅の近くに「石造地蔵菩薩立像」がある。花崗岩面に舟形を彫りくぼめ、その内に蓮華座に立つ地蔵菩薩像を半肉彫りに刻出している。「延命地蔵」と言われている。
c0037200_1426465.gif

ここは漁港。海の近くに「魚供養塔
c0037200_1435997.gif


下津井港はヨ はいりようて出ようてヨ
有名な下津井節は北前船の船頭たちによって伝えられたと言われている。
c0037200_14404030.gif

港から瀬戸大橋をのぞむ。
[PR]
# by yassy127 | 2005-01-27 00:34 | 中国地方 | Comments(0)
白壁のまち 柳井
珍しい町の風景だ。近年こういう古めかしい場所がだんだん少なくなってきている。
世に有名なのは伊豆の下田と備中の倉敷だけだが、ここにもそれに負けないような土蔵造りの家が並んでいる。歩いている人も静かなものだし、店の奥に座っている商人の姿もまるで明治時代からその習慣を受け継いでいるような格好であった。
                           松本清張「花実のない森」より
c0037200_17502251.jpg


国指定重要文化財「国森家住宅」18世紀後半に建てられた商家
c0037200_17555891.jpg


町を歩いているといたるところに郷土民芸品の金魚提灯が飾られている。
青森の「ねぶた」をまねて竹ひごと和紙で作られたもので昔は商家のお迎え提灯だったとか。
c0037200_1812216.jpg

こんなところにも・・・(佐川醤油蔵天井)
c0037200_1833774.jpg


「柳井」という町の名前の由来は
c0037200_18162356.jpg

その柳と井戸は「湘江庵」に現存していました。
c0037200_1818313.jpg


姫田川をわたって小高いところに光台寺があります。
光台寺桜門は中国明朝の様式を模したもので独特の風情があります。
国木田独歩散策の地でもあります。
c0037200_18241157.jpg


光台寺を少し下ると国木田独歩旧宅があります。
独歩20~22才(明治25~27年)までここですごしました。
c0037200_18272087.jpg

門を入ると
c0037200_18275981.jpg


柳井川に最初に架けられた宝来橋のたもとには船着場の後をのこす「がんぎ」があり、
当時おおかった火事のため、火よけを祈願した「火伏地蔵」「沖見石灯篭」がが昔のまま、
行き交う人を見守っています。
c0037200_18365091.jpg

[PR]
# by yassy127 | 2005-01-19 18:38 | 中国地方 | Comments(0)
はじめまして
ブログなるものを始めて知りました。
あちこちぶらぶら歩きしたときの記録を書きとめていこうと思います。
カメラの記録とあわせて載せていきます。

c0037200_1233750.jpg
米子水鳥公園
[PR]
# by yassy127 | 2005-01-19 12:02 | Comments(0)