わが財を世のために捧ぐ
ふるさと発スペシャル大原孫三郎の情熱

c0037200_13275121.jpg昨日午後7:30から8:38までのNHKの番組を大変興味深く見た。
名前はあまりに有名だし、断片的なことは折に触れて耳にしていたのでとても身近に感じてはいたが、この番組を見てあらためて彼の思想と彼の業績の大きさに驚いた。
「わが財を世のため人のために使い切る」といって社会福祉や孤児院の資金援助、労働条件の改善など一人の人間が一生の間によくここまでといえるくらいの活躍をしている。

くらしきの町は大原さんの町といわれる所以がよくわかった。
今ここ倉敷に住んでどれほど彼の偉業の恩恵を受けていることか。

「わしの目は10年先が見える」といった彼は今の倉敷もずっと見えていたのかもしれない。
大変な偉人を郷土に持って誇らしく思える。
今も昨日のテレビの感動の余韻が残っている。
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by yassy127 | 2005-08-27 13:32 | Comments(4)
Commented by Rohman at 2005-08-27 17:15 x
倉敷を語るとき、彼を抜いてはお話になりません。
今、倉敷は世界のKURASHIKIです。

今私は4ch(倉敷ケーブルテレビ)を見ています。
大原美術館の名画の前で、「詩と音楽のコンサート」と題して
谷川俊太郎と佐々木幹郎に谷川?(俊太郎の孫?ピアニスト)
などで素晴らしい掛け合い、朗読、音楽、1時間ばかり魅了
されました。倉敷ならではの催しです。
Commented by yassy127 at 2005-08-27 22:07
Rohman様 コメントありがとうございました。
彼が興したものは未だ全部継続残っているから不思議ですね。
高邁な精神まで受け継がれていっているのでしょうね。

会社に銀行に病院に研究所、美術に民芸とかかわることの幅の広さから、彼という人間のスケールの大きさを感じます。こんな彼にあやかって
文化的な催しが多いのかも分かりません。
名画とコンサート・・・豊かで贅沢な空間と時間ですね。
Commented by kurashiki-keiko at 2005-08-29 00:33
私も、倉敷生まれの倉敷育ちの夫と姑と一緒に拝見した1人です。
倉敷中央病院も女工さんの健康のためにと建てた診療所が元になったようですね。今朝の新聞にも、光藤先生の心臓カテーテルが全国2位の手術例を誇るとありましたが、日本に誇れる大病院に発展したのも、基を築いた大原さんの大きなお力です。
 また、労働科学研究所の初代所長だった暉峻さんは、先日倉敷友の会で講演をなさった暉峻淑子さんのご主人のお父様だったようです。姑がそのお姉さんと女学校で同級生だったとか。
 また、倉敷民芸館の外村先生のご自宅は、今もひっそりと倉敷民芸館の川向いに建っていて、織物研究所として、沖縄から来た女工さんたちに郷土の誇りを持たせると言う意味でも織物を織らせたようです。
 大原孫三郎さんの偉大さ、その事業のおかげで作られた文化施設のある街に暮らせる幸せ、日本に誇れる街だなあと思いました。
 でも、関東に住むメル友にすぐ知らせたのですが、あちらでは別番組だったそうで、全国の人にも見てもらいたかったなあと思いました。
 つい、長々と済みませんでした。
Commented by yassy127 at 2005-08-29 06:10
kurashiki-keiko様ご丁寧なコメントありがとうございました。
皆さん見られていて、格別取り上げる話題ではなかったのかと思っていたのですが、こんなに共感していただいて、大変嬉しく思います。
大原謙一郎さんは倉敷の気質が地方を大切にする傾向にあった(?)という風におっしゃっていましたが、孫三郎さんが地方を大切にし弱い立場の人にまで目を向けてくださったから、今の倉敷の世界に通じるような施設や文化が存在しているのだと思います。
こんな偉人が遠い昔の人でなく私の祖父に当たるくらいの人、だということも身近に感じでうれしくなります。
倉敷ナンバーに奔走されたのも、謙一郎さんですね。
いまとっぷりと大原さんの懐に抱かれている感じがしております。
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