湛井堰(たたいぜき)
国道180号線沿いにある高梁川に作られています。
その歴史は古く江戸時代初期だそうです。
十二ヶ郷用水として広く県南の用地に水を引いていたそうです。
c0037200_23573513.jpg
c0037200_23575998.jpg
c0037200_23581784.jpg

[PR]
by yassy127 | 2013-03-08 23:59 | Comments(8)
Commented by aba-n-c at 2013-03-09 09:55
行った事はありませんが
有名な処ですから知っています。
そちらには良いところが沢山ありますね。
ブログネタには困らない?
一番上の写真は良いですね。
Commented by rohman at 2013-03-09 11:15 x
湛井堰(たたいぜき)の歴史について、

総社市発行の図書によりますと、その始まりは平安時代の終わりごろ
妹尾兼康によって作られたと言うことです。

ところで、湛井堰にちなむ交通の変わった話。
明治37年に吉備線(当時は中国鉄道)は岡山から湛井駅まで通じていました。
もちろん伯備線はまだありませんので、新見、高梁方面からの流通は
舟をつかってこの堰まで、ここから吉備線で全国へ。

大正14年、伯備線が開通し、湛井駅は廃止されたそうです。
Commented by komiti15 at 2013-03-09 15:52
お水の流れが綺麗ですね。
江戸時代初期からお水が庶民を潤していたなんて
恵みの水を今も大切に扱われているようで・・・・
自然の恵みをこれからも大切に守って行きたいものですね。
Commented by bisui at 2013-03-09 16:37 x
わざわざ湛井堰の河川敷まで降りられて
水の流れを撮られていますので
写された水は光の反射もいいし、
小さな滝が集まった流れの芸術ですね。
二枚目の中の小さな鳥もこの世界を広げます。
Commented by yassy127 at 2013-03-09 23:08
aba-n-c様 コメントありがとうございました。
私はこんな美しい所が近くにあるというのに、ブログを始める前まで知りませんでした。
ブログのお友達のrohmanさんに教えていただきました。
以来ときどき覗いて楽しんでいます。
Commented by yassy127 at 2013-03-09 23:20
rohman 様 コメントありがとうございました。
吉備線が早く開通していたのですね。
高梁川の船の役割が大きかったので伯備線がの開通が遅れたのでしょうか。
湛井堰が物流拠点のようになっていたのでしょうね。
いろいろ教えていただいてありがとうございました。
Commented by yassy127 at 2013-03-09 23:23
komiti15 様 コメントありがとうございました。
高梁川から灌漑用水をを引いて作物を作ろうとして堰を作った昔の人の功績によるものです。
それが今も現役で役目を果たしているのが立派ですね。
Commented by yassy127 at 2013-03-09 23:34
bisui様 コメントありがとうございました。
肉眼で見て美しいと思ってもレンズを通すとずいぶん変わるものですね。
測光場所や測光方法によってもまるで色が変わります。
それがカメラの面白い所でもあるし、難しい所でもあります。
またシャッタースピード、絞り、露出補正、ISO,ホワイトバランスの組み合わせで全く違った雰囲気になってしまいます。
もう力の及ばない限界のようなものを感じることがしょっちゅうです。
名前
URL
画像認証
削除用パスワード
<< 倉敷春宵あかり 梅園の春 >>