備中国分寺と平山郁夫
2日にお亡くなりになった平山郁夫さんと備中国分寺は縁が深いのですね。
平山さんは備中国分寺の五重塔をよく描いておられます。
「備中国分寺の塔」、「国分寺の月」、「吉備路緑映」など。

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(インターネットから画像を借りました)

境内にある寄付金寄贈者の中にも「鎌倉市 平山郁夫」の名前が刻まれています。
また国分寺前にある「吉備路もてなしの館」の入り口にも
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それからもてなしの館の中にも
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彼の絵画からも伺える几帳面で繊細な筆跡です。


平山さんとは関係ありませんが、このもてなしの館と駐車場の間にある道を南に150mほど行くと旧山陽道に出ます。
ここから真正面に国分寺が見えます。
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by yassy127 | 2009-12-14 21:35 | Comments(12)
Commented by ひーちゃん at 2009-12-14 22:08 x
ああ この道をまっすぐ行くと 備中国分寺の五重の塔が見えるのですね
平山郁夫もこの道を通ったのでしょうか
あのダンディーな後ろ姿が目に浮かぶ風景ですね
彼の筆跡がこんな風に残っているなんて
どうしても見てみたくなりました
コスモスの向こうに五重塔 きれいな写真ですね
塔の色と空の色 古の初冬の空もこんな色だったのでしょう
Commented by yassy127 at 2009-12-14 22:58
ひーちゃん 様 コメントありがとうございました。
今では国分寺と山陽道の中間あたりに新しい県道が出来てほとんどこちらを利用しています。
平山さんが題材を選んだ場所には石碑が建っていると、もてなしの館の人が教えてくださいました。
何回もこちらへこられたようです。
平山さんと総社の関係については、
「平山さんは、1996年(平成8年)に始まった「雪舟の里 総社 墨彩画公募展」の創設に尽力していただき、第1回目から前回の第7回目まで審査員長として同公募展の発展に寄与されました。
 
 平成元年ごろから幾度か吉備路を訪れ、画集『吉備路を描く』の発行しました。備中国分寺周辺にはスケッチをした場所を示す石碑が4本建てられています。平成2年の院展出品作品で、備中国分寺を描いた「吉備路緑映」は有名です。」(インターネットより引用)
Commented by miyakeoriibu at 2009-12-14 23:01
平山郁夫と国分寺、縁が深いのですね。
教えていただかないと知りませんでした。
もう4~5年前になるでしょうか、いやもっと前かな、
薬師寺の壁画を12月31日に描き上げたお姿が脳裏に焼きついています。
惜しい方がお亡くなりになりました。
Commented by nana at 2009-12-14 23:41 x
平山画伯と国分寺の縁、はじめて知りました。
先月薬師寺を訪れた時「大唐西域壁画」を拝観したばかりでした。
著名な画家の急逝、惜しまれます。
Commented by ray_alone1026 at 2009-12-14 23:53
こんばんわぁ^^

とても繊細な字を書かれますね。
>彼の絵画からも伺える几帳面で繊細な筆跡です。
ほんと!字は体を表しますね。
写真もそうだと感じるこの頃です^^
Commented by Rohman at 2009-12-15 00:34 x
この度惜しい方がなくなられました。
この方の絵や生き様、若いときからすきでした。
1976年発行のアサヒグラフ別冊 美術特集 平山郁夫
1983年 天竺への道
そしてこの 1991年の 画集 吉備路を描く
など持っています。 (ほかに、しまなみ海道も)

画集 「吉備路を描く」 は
彼の大作「吉備路緑映」を描くための下絵の水彩が画集になっものです。
 その大作 「吉備路緑映」は、中国銀行にあるそうです。
また 下絵の水彩、国分寺の1枚を総社市が購入しています。

「吉備路もてなしの館」の看板や額は気が付きませんでした。
教えて頂いて初めて知りました。

重ねて、惜しい方がなくなられました。ご冥福を祈ります。
Commented by yassy127 at 2009-12-15 13:44
miyakeoriibu様 コメントありがとうございました。
国分寺の境内にある寄進者の名前の中に平山郁夫の名前を夫が見つけました。
こんなに国分寺に思い入れを持っておられたのかなと思っていましたら、もてなしの館の入り口でまたお名前を見つけ、そこの館長さん?に聞きましたら、中にもあるしあちこちに碑が立っているよと教えてくださいました。
かえってインターネットで見ると総社市と深い関係を持っていおられることがわかりました。
薬師寺の塔など、日本の古い塔を画き残しかったのでしょうね。
Commented by yassy127 at 2009-12-15 13:47
nana様 コメントありがとうございました。
身近なところでいろいろ尽力されていたり絵を描いておられたりしたのですね。
最近院展へ欠かさず行っていますが、彼の絵を見るのが主目的でしたので、これからさびしくなります。
Commented by yassy127 at 2009-12-15 13:52
ray_alone1026様 コメントありがとうございました。
こんにちは。
>字は体を表しますね。
写真もそうだと感じるこの頃です^^
このお言葉身にしみます。
最近写真展で人様の写真を見せていただきながら、特に感じることがあります。
写真の上手下手ということはまだよくわかりません。
でも写真には品格が現れるということです。
先日も1位になられた方をお見かけしましたが、かれの写真に特別品格を感じていましたら、その方も品格をもっておられる方でした。
Commented by yassy127 at 2009-12-15 13:59
Rohman 様 コメントありがとうございました。
さすが Rohman さんと思いました。
早くから彼の魅力をご存知だったのですね。
私は院展とか美術館とかでしか彼の絵を知りませんでした。
日本画家で、しかも優れた教育者として本当に惜しい方を失いました。
彼の業績は語りつくせないほどですね。

Commented by Rohman at 2009-12-15 17:24 x
エピソード 追加

彼はS20.8.6日 広島で原爆にあい、後遺症に苦しみます。
生き抜く決意は「仏教」、そこからシルクロードが始まります。
そして、奥様の美智子さんと共にシルクロード旅行、
計画は全て奥様、彼女は描く彼に日よけの傘をさしのべて、
彼は唯スケッチブックのみ。
その、準備、人脈、健康管理、会話、対応、全て彼女です。

彼女、もと松山美智子、女子美専から東京芸大には入りなおした秀才
で、彼とどちらが1,2かと言われた存在でした。
彼の存在の前に、彼のために筆を折った彼女の決断に
心を寄せたいと思います

Commented by yassy127 at 2009-12-15 22:19
Rohman様 コメントありがとうございました。
この奥さんあっての平山郁夫ですね。
彼の業績は奥さんとともに作ったものですね。
原爆症で苦しみながら画家としての道をまとうすることが出来たのは
奥さんの助力。
奥さんにとっては平山郁夫は彼女の一生をかけて作り上げた芸術なのでしょうね。
いいお話をありがとうございました。
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